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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)10号 判決

原告 株式会社ケイ・エヌ商会

被告 東洋紡績株式会社 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第六八五号、同第六八六号、同第八七二号併合事件ついて、特許庁が昭和二十九年十二月二十四日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は特許第一八二一六八号紡機用ニユーマチツククリヤラーの特許権者であるが、被告等はそれぞれ昭和二十六年一月十七日、昭和二十七年六月十三日及び昭和二十七年三月四日原告を相手方として右特許無効審判の請求をなしたところ(昭和二十六年審判第一二号事件、昭和二十七年審判第一一五号事件、同第三三号事件)、特許庁は被告等の請求を容れ、原告の右特許を無効とする旨の審決をなしたので、原告は右審決に対する抗告審判の請求をなした(昭和二十八年抗告審判第六八五号事件、同第六八六号事件、同第八七二号事件)。特許庁は右三件の抗告審判請求事件を併合して審理した上、昭和二十九年十二月二十四日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は昭和三十年一月十四日原告に送達された。

二、原告の右特許は、昭和二十四年一月二十四日出願され、昭和二十五年三月八日登録となつたものであるが、審決はその発明要旨を、「紡機におけるフロントローラーの下部に、吸気装置に連結された円筒管を設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」と認定し、右の要旨は原告の出願前国内に頒布されていた「紡織界第三一巻第五号」(昭和十五年五月一日発行)に容易に実施し得る程度において記載せられ、従つて出願前公知にして無効とすべきものとしている。

三、しかしながら審決は、本件特許を誤解したか、引用刊行物の記載を誤解した違法があり、かつまた無効審判と訂正審判との関係につき特許法の解釈を誤つたばかりでなく、容易に実施し得ないものを、容易に実施することができるとした点において、重大な違法があり、取り消されるべきものである。すなわち、

(一)  審決は本件特許発明の要旨を前述のように認定したが、これは本件特許発明の明細書が不明瞭な記載と誤解とを包含しているのを、そのまま採用したものであつて、真の要旨を正しく認定したものではない。本件特許発明の要旨は、その明細書全体の記載及び図面に徴し明白なように、「紡機におけるフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管を、ローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」に存する。そして右の構成により、在来の紡機に著しい改修を加えることなしに、ニユーマチツククリヤラー装置を簡便に附設するとともに、動力を節約し、かつ掃除を容易ならしめる等の諸効果を生ぜしめるものである。

原告は右本件特許発明の要旨を明確にするため、その明細書の訂正許可の審判を別途請求しているが、真の要旨が前述のとおりであることは、訂正をまつまでもなく、明細書全体及び図面を注意深く読むことによつて容易に理解せられる。

(二)  本件特許発明の要旨を、右のように正しく理解するならば、本件特許発明が、審決に引用された刊行物に記載されたものと著しく相違することはまことに明白である。

引用刊行物に記載されたものは、吸込管があたかも飛行機の主翼の如き三角形をなすのみならず、本件特許発明の構成要旨である、「吸気装置を分離装置の前に設備した」点及び「円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備した」点を全く欠いている。

すなわち審決の引用した「紡織界」には本件特許発明の要旨とするところは、何等記載されていない。

これを要するに、審決は本件特許発明の要旨を正しく認識せず、また引用例と本件特許発明との間に存する顕著な差異を不当にも閑却無視したものであつて、原告としては到底承服することができないものである。

第三被告等の答弁

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

右否認の事由として、被告日本スピンドル製造株式会社代理人は、次のように附加して述べた。

(一)  審決当時においては、本件特許発明の特許請求の範囲を、原告の主張のように縮減することを許可するとの審決は存在しておらず、審決が、訂正せられない明細書について発明の要旨を認定したのは正当である。また右訂正許可の確定審決は、現在においても存在しないから、審決には、原告の主張する発明要旨認定についての違法はない。

(二)  原告の主張は、訂正されたと仮定した明細書によつて組み立てられた発明の要旨と引用刊行物とを比較するものであつて、その当を得ないことは、前述するところである。

(三)  引用刊行物記載のものの吸込管の形状が、円筒状をなす本件特許発明のものと若干の差異があるとしても、流体管路たることにおいては、両者は全く同一であり、しかも円筒状のものがむしろ普通であることは、独逸国特許第一八一六〇七号明細書及び図面(大正十四年八月二十五日特許局陳列館受入)に徴し明らかなところであり、円筒管としたために、作用効果上顕著な差異を生じないものであるから、この点に関しては新規な発明を構成するものとはいい得ない。

被告呉羽紡績株式会社代理人は、右日本スピンドル製造株式会社代理人主張の(一)(二)と同様の理由に附加して次のように述べた。

(四)  原告は、特許発明の明細書中に何等記載のない「吸気装置を分離装置の前に設備した」点及び「円筒管をローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備した」点を発明の構成要旨であると主張するが、若しこの二点を附加したならば、発明の特徴は根本的に異つたものとなり、発明の要旨の変更となることを免れない。そしてまた仮りに原告主張のように右二点の設備が存したとしても、吸気する道具や、支持する装置の如きは、本件発明を構成する要旨とみなすことは到底できないから、本件発明の要旨は、審決のいうように、「紡織界」の記載事項そのままである。

(五)  原告は審決が引用した「紡織界」のみを対象としているが、審決はこの他にも前記(三)記載の独逸国特許第一八一六〇七号明細書及び図面をも引用して、本件特許発明はすでに原告の出願前公知であつて、何等の発明も存在しない旨を説述している。

右独逸国特許明細書の存在は、被告が、特許庁の初審において主張したところであるが、被告は同審において更に英国特許第四〇六〇六三号明細書及び図面(昭和九年五月二十三日特許局陳列館受入)をも引用して、本件特許発明と思想及び性質、作用効果のひとしいものが、原告の出願前すでに古くから公知であることを主張している(乙第二号証参照)。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、各当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実及びその成立に争のない甲第一号証(本件特許明細書)によれば、原告が特許権を有する特許第一八二一六八号紡機用ニユーマチツククリヤラーの特許発明の要旨は、その明細書及び図面の全体に徴すれば、「紡機におけるフロントローラーの下部に、吸気装置に連結された円筒管を設け、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」にあり、その目的とするところは、上下のローラークリヤラーを省略し、真空作用を利用して飛散する風棉を吸い込み、常に機械を清浄に保つとともに、糸が切れたとき、その篠を直ちに小孔に吸い込んで、これを保持して糸継ぎの手数を著しく簡易化しようとするものであることが認められる。

原告代理人は、本件特許発明の要旨は、「紡機におけるフロントローラーの下部に吸気装置を経て分離装置に連結された円筒管を、ローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備し、この円筒管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を穿設した紡機用ニユーマチツククリヤラー」に存すると主張するが、特許明細書全文の記載に徴しても、本件特許発明の要旨が右原告代理人主張のようなものであることは、これを認めることができない。尤も特許明細書添付の図面には、円筒管(3)は排風機(8)を経て分離装置(9)に連結され、また円筒管(3)はローラースタンドに附した支持片に引掛けて設備してあることが認められるけれども、右は本発明の実施態様の一例を示す図面に過ぎないことは、明細書中「図面ノ略解」の記載により明らかであり、しかも右図面に表示された円筒管、排風装置、分離装置の配列順序及び円筒管をローラースタンドに附した支持片(同支持片には、図面中その符号も付されていない。)に引掛けて設備することは、明細書中「特許請求ノ範囲」に記載されていないのはもちろん、「発明ノ性質及目的ノ要領」「発明ノ詳細ナル説明」にも何等言及されていない事実に徴すれば、到底これらの事項が、本件発明の構成要素をなすものとは認められない。

三、その成立に争のない乙第一号証の一、二によれば、審決が引用した「紡織界」第三十一巻第五号(昭和十五年五月号)第九十五頁及び第九十六頁には、「粗糸屑と塵埃の除去装置」と題する記事と二葉の図面が掲載され、「今度ハインリツヒトーマ製作所が造つた装置は、輪具精紡機又はその他の機械で生ずる粗糸屑と塵埃を通風管で吸い込み、常に機械を清浄に保つようにしたものである。この装置は、ボビンクリールの下部に、機台の全長にわたる主通風管を設け、この主管から数本の吸込管(サクシヨンフアンネル)を分枝し、その吸込管に吸込口を付けたものである。吸込管は各錘の一セツト毎に一本ずつ配置され、吸込管には一セツトの錘数に対応して、六ないし八の吸込口がある。第一図はアンダークリヤラーローラーを取り去つて、その代りに吸込口を設備したところである。主管は塵埃の濾過箱に連続していて、塵埃はこの箱に集められた上除去される(第二図)。気流を起す扇風機用のモーターは、〇、七五馬力あれば足り、吸込口に吸い込まれる気流の速度は、どの吸込口でも均一になるように設計されている。切れた糸、粗糸、塵埃はみんな吸い込まれて了うから、機台を掃除する手間が三〇―四〇%助かる。その上吸込口の真空度は切れた糸のどんなものでも容易に吸い込むように調整しているから、切断した粗糸が隣りの糸にからみついて、二本合せの糸ができるおそれがない。なお工場内の空気は絶えず混合され、濾過されているから、女工の衛生上からいつても有利である旨が記載されており、二葉の図面は、それぞれ吸込管及び濾過箱の装置を示す工場の写真であることが認められる。

またその成立に争のない乙第六号証(独逸国特許第一八六一〇七号明細書)によれば、審決が引用した大正十四年八月二十五日特許局陳列館受入にかゝる右独逸国特許明細書には、「紡績機械に対する紡績糸捕捉器」として、真空によつて断糸端及び糸屑を吸い取らせるものを記載し、特にその第一図及び第二図には、機械のフロントローラーの下方に円筒形の吸込管を設け、この吸込管に直接吸込口を穿つたものを図示していることが認められる。

四、よつて前記認定にかゝる本件特許発明の要旨と、審決に引用された前記「紡織界」に記載されたものとを比較すると、両者はともに紡機のフロントローラーの下部に、吸気装置に連結された吸込管を設け、この吸込管にフロントローラーと或る角度をなして吸込用の小孔を開口させた紡機用ニユーマチツククリヤラーであることでは全く一致し、ただ前者が吸込管を円筒管とし、またこれに吸込用の小孔を穿設したものであるのに対し、後者は吸込管及びこれに設けた開口部分の形状が明白でない。しかしながらこの種の装置で吸込管を円筒管とし、これに直接小孔を穿つたものも、審決引用の独逸国特許第一八六一〇七号明細書にその一例を見るように、本件特許出願前公知であつたといわなければならない。

してみれば本件特許発明は、その出願前国内に頒布されていた刊行物「紡織界」記載のものに、同様公知のものを加えたに過ぎなく、この附加の点にも何等発明を構成するものを認め得ないから、特許法第一条の特許要件を具備しないものと判断される。

五、以上の理由により、原告の本件特許を無効とすべきものとした審決には、原告主張のような違法な点は認められず、本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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